“善悪の知識の木の実を食べた” とは?

 今回は、創世記に出てくる 「善悪の知識の木」とは何か?
また、アダムとエバが「善悪の知識の木の実を食べた」 と言うのはどういう意味か?
と言う事について、簡単にまとめてみました。

 聖書は象徴的な表現が使われている箇所があり、書いてある聖句を文字通りに解釈してしまうと、おとぎ話になってしまう事があります。

特に創世記の ”アダムとエバが善悪の知識の木の実を食べた” と言う話は有名だと思いますが、実際にリンゴか何かを食べたと言うイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

私は文字通り果物🍎を食べたという意味だとずっと思っていました(>_<)

善悪の知識の木とは?木の実を食べたとは?


創世記2章16,17節
16主なる神は人に命じて言われた。「園のすべての木から取って食べなさい。
17ただし、善悪の知識の木からは、消して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」(新共同訳)

創世記3章6節後半
女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。(新共同訳)

 結論から言うと、この創世記2章~3章に出てくる ”善悪の知識の木の実を食べる” と言う表現は象徴的な表現ですので、実際にヤハウェが植物の木を生やされ、その木の実をアダムとエバが取って食べたという意味ではありません。

「善悪の知識の木」は、唯一真の神ヤハウェが設けた法律(神の義の基準)、そして「善悪の知識の木の果実を食べた」と言うのは、そのヤハウェが設けた法律を無視するという行為を象徴的に表しています。

善悪の知識の木ヤハウェが設けた法律(神の義の基準)
善悪の知識の木の実を食べたヤハウェが設けた法律を無視した

 ヤハウェは人間を、自由意思・自由選択の能力を付与した生き物として創造されました。(動物には本能が与えられているだけでこの能力はありません。)

でも、もしすべてが自由で、各々何でも好き放題に出来たとしたら、例え完全な人間であったとしても、世の中が無秩序になってしまいますよね。

秩序を乱す人間が一人でも出てきたらアウトですので、ヤハウェは、そうならないように、皆が平和で仲良く暮らせる様にする為に、事前に法律(象徴的な善悪の知識の木)を設けてくれていたと言う事です。

ですので、ヤハウェがいじわるで食べてはいけない木の実をエデンの園の中央に置き、人間を試したと言うわけではないんです。

これから増え広がるであろう人類を、秩序正しく治めるために、アダムとエバに事前に法律が与えられ、それに従うよう命じられていた、と言う意味です。 

つまり、アダムとエバはそのヤハウェの法律(神の義の基準)に従って、自分たちの子孫を治めたら世界は平和になっていました。

 しかし、創世記3章からを読むと分かる様に、エバは悪魔サタンルシファーに騙され、結局はアダムもエバに従って、ヤハウェが設けた法律に従わない、法律を無視するという罪を犯してしまいます。
それが創世記3章6節の「実を取って食べた」と言う象徴的な表現で書かれている部分です。

 アダムは、ヤハウェの設けた法律に従って生きていくならば、永遠の命が保証されていました。
 しかしその法律を無視するという選択をしたその日以降、完全だった人類は不完全になり、最初の人間夫婦であるアダムとエバから生まれた子孫は、遺伝の法則により、すべて不完全と死を受け継ぐ者、ヤハウェの義の基準と言う的を外す者として生まれてくるようになります。

つまり、アダムがヤハウェの法律を無視する(善悪の知識の木の実を食べる)という選択をしたその時から、人類の悲惨な道のりがスタートしたという事です。

 この部分はとても深いのですが、今回は、ひとまず「善悪の知識の木の実を食べた」と言う象徴的な表現の解釈について、簡単にまとめてみました。

 では、なぜエバは悪魔サタンルシファーに騙され、アダムとエバヤハウェの法律(神の義の基準、物差し)を無視するという道を選んでしまったのか?

また、創世記3節で悪魔サタンルシファーの事が 「蛇」と書かれてある理由、そして2章と3章に出てくる「命の木」は何を表しているのか?

と言った事については、また書けたら書きたいと思います。

*このブログは、KSRG様からの情報(過去動画やブログなど)を参考に、個人的にまとめさせて頂いているものです。
聖書の正しい知識や大きな苦難に関する最新情報は、KSRG様のブログyahweh-ksrg’s blog や、YouTubeチャンネルFrom KSRGをご覧頂けたらと思います。